最終章:桜の舞う季節――一生終わらない、二人の「オンライン」

九月の二学期、あの教室を大バグりさせた大事件から、数年の月日が流れた。
春。コンクリートの都会の街路樹が一斉にピンク色に染まり、新入生を歓迎するように、柔らかな桜吹雪が舞い散る中。

「うわ……綺麗……」
「ほわー……何、超綺麗。」

新調された紺色のブレザーの制服に身を包んだ新入生たちの間で、どよめきのような歓声が上がっていた。
人混みの中心にいたのは、白金(プラチナ)ブランドの美しい髪を、ハーフアップに品良くまとめた一人の美少女――白鷺 怜奈だった。
15歳になり、少し大人びた彼女の容姿は、男女問わず誰もが思わず足を止めて見惚れてしまうほど、圧倒的な高嶺の花のオーラを放っている。
かつての「お嬢様の防壁」は、今や誰も近づけない完璧な美の結界となっていた。
新入生たちが遠巻きに「話しかけるの絶対無理だわ……」と息を呑む中、少し着崩したブレザー姿の蒼太が、人混みの後ろから歩いてきた。

電波はバリ5。5Gの超高速通信が飛び交う都会の真ん中。
けれど、蒼太の胸にあるデータは、あの11歳の「圏外の夏」から、一秒だって色褪せていない。
蒼太は真っ直ぐに彼女の背中を見つめ、声を張った。

「――怜奈!」

その瞬間、冷徹な氷の彫刻だった美少女の背中が、びくりと跳ねた。
振り返った怜奈の、いつもなら周囲を拒絶するはずのアクアの瞳が、一瞬でとろけるような熱を帯びる。

「蒼太……っ!」

ぱあっと、満開の桜よりも鮮やかな笑顔を咲かせた怜奈は、周りの生徒たちの視線なんて1ミリも気に留めることなく、スカートをなびかせて小走りで駆け寄ってきた。
そして、あろうことか、蒼太の右腕に自分の両手を絡め、胸元へがっちりと抱きついたのだ。
ギュッ、と二人の腕が密着する。
11歳の頃のマシュマロのような柔らかさは、少しだけ大人のしなやかさを帯びていて、腕を通じてダイレクトに伝わってくる怜奈の体温と、あの夏の日からずっと変わらない淡いシトラスの香りに、蒼太の心臓が激しく跳ね上がった。
周りの新入生(特に男子たち)から、凄まじい絶望の視線が突き刺さるが、今の二人には一切届かない。

「ちょ、ちょっと、怜奈。みんな見てるって……あーもう」
「ふふ、いいではありませんか。蒼太が私のものだということを、彼らに教えてあげましょう」

蒼太が顔を真っ赤にして頭をかくと、怜奈は腕をさらに強く抱きしめながら、いたずらっぽく上目遣いに蒼太を見上げた。
「高校でも、一緒だな!」
「ふふっ、当たり前ですわ。……高校だけじゃありませんことよ?」

怜奈は伊達メガネを外し、あの夏祭りの夜の、りんご飴で真っ赤に染まっていた時と同じ、世界で一番甘いはちみつさながらの微笑みを浮かべた。
「一生、一緒ですわ。蒼太!」

都会のオンラインの日常。世界はノイズで溢れている。
けれど、二人の距離を繋ぐレールは、あのスマホの電波すら届かなかった山奥の田舎で、強引に、けれど絶対に解けないように結ばれたのだ。
舞い落ちる桜の花びらの下、二人はしっかりと腕を繋いだまま、一生終わらない二人の未来へと、一歩を踏み出すのだった。