人混みの中、繋いだ手のひらから伝わる驚くほど柔らかい感触に、蒼太の心臓はさっきからずっとうるさいままだった。
けれど、怜奈の方も同じなのだろう。ギュッと握り返してくる手の強さは、彼女の緊張をそのまま物語っていた。
「……蒼太くん、見てくださいまし。お面がたくさん売っていますわ」
人混みに慣れてきたのか、怜奈が屋台のきらびやかな灯りにアクアの瞳を輝かせた。
彼女が指差したのは、お馴染みのキャラクターの中に交じって、レトロな狐のお面が並ぶ露店だった。
「それ欲しいの?」
「……少し、気になりますわ。なんだか風情がありますもの」
蒼太が小銭を出してお面を一つ買うと、怜奈は嬉しそうにそれを受け取った。
そのまま顔に被るのかと思いきや、彼女はおばあちゃんに綺麗にアップにしてもらった白金髪の、そのサイドにちょこんと斜めに狐のお面を引っ掛けた。
白い肌、藍色の浴衣、そして頭の横の狐のお面。
ビジュアルの破壊力が格違いすぎて、すれ違う地元の男子中学生たちが一斉に怜奈を二度見していく。本人は「ふふん」と伊達メガネをクイと上げてすましているが、その無自覚な美少女ぶりに、蒼太は生唾を飲み込んだ。
「次はあちらですわ!」
怜奈が次に引っかかったのは、金魚掬いの屋台だった。
子供たちが歓声を上げる中、怜奈は浴衣の裾を小さく整えてしゃがみ込んだ。
「わたくし、このような庶民の娯楽は初めてですの。柊くん、いえ、蒼太くん。コツを教えなさい」
「ポイの紙を全部濡らさないで、斜めに入れるんだよ。ほら、やってみな」
怜奈は緊張した面持ちで、プラスチックのポイを受け取った。
いつもならブラウスの袖口を握りしめる彼女だが、今は浴衣の長い袂(たもと)が水に濡れないよう、左手でぎゅっと胸元に抱きしめている。その、慣れない浴衣を必死に気遣う健気な仕草がたまらなく愛おしい。
「いきま……すわっ!」
そっと水面にポイを入れた瞬間、元気のいい出目金が尾ひれを振った。
ベシャッ、と水飛沫が上がり、怜奈のポイは見事に真ん中から真っ二つに破れた。
「……っ、あ……!」
怜奈はショックのあまり、アクアの瞳を点にしてフリーズした。
「あはは、残念。早すぎたんだよ」
「く、悔しいですわ……! もう一回、もう一回挑戦しますの!」
お嬢様のプライドに火がついたのか、お面を揺らしながら何度もポイを破く怜奈。結局一匹も掬えなかったけれど、悔しそうに浴衣の袂をぎゅっと握りしめて膨れる彼女の顔は、学校の冷淡な委員長とはまるで違う、等身大の11歳の女の子そのものだった。
「ほら、金魚は持って帰れないし、あっちで何か食べようよ」
蒼太が手を引くと、怜奈はまだ未練ありげに金魚のプールを見つめながらも、素直に付いてきた。
次に二人が足を止めたのは、真っ赤な果実がガラスケースの中で怪しく輝くりんご飴の屋台だった。
「これ……本物の果物なのですわね。ずっとおもちゃかと思っていましたわ」
「食べたことないの? 一つ買ってみようよ」
大きな丸ごとのりんご飴を受け取り、怜奈はそれを両手で大事そうに持った。
だが、そこから彼女は完全にフリーズしてしまった。
「……ねえ、蒼太くん」
「ん?」
「これ……どうやって齧ればよろしいの……? わたくしの口のサイズに対して、明らかに質量がバグっていませんこと?」
お嬢様ならではの深刻な悩みに、蒼太は思わず吹き出した。
「バグって何だよ。普通に横から、思いっきりガブっていけばいいんだよ」
「そんな、はしたない……っ」
怜奈は真っ赤になりながらも、意を決したように、浴衣の襟元が乱れるのも構わずにりんご飴に顔を近づけた。
小さな口を精一杯に開けて、シャリ、とべっこう飴のコーティングを齧る。
「……っ、甘い……! そして、酸っぱいですわ!」
パリパリとした飴の甘さと、中の林檎の果汁が一気に溢れたのだろう。
怜奈はハフハフと口を動かしながら、夢中でりんご飴を小さな歯で削っていく。その拍子に、真っ赤なイチゴシロップのような飴が、彼女の薄い唇をツヤツヤと鮮やかに染め上げていった。
まるで、大人の口紅(グロス)を塗ったかのような、生々しい艶っぽさ。
光を浴びてキラキラと輝く唇と、アップにされた首筋のラインが交互に視界に入り、蒼太は食べているフランクフルトの味が分からなくなるほどの衝撃を受けていた。
「おいしいですわ、蒼太くん。東京のショコラティエのスイーツも美味しいですが、この、お外で食べるお林檎が、人生で一番美味しいかもしれませんわ」
怜奈は唇を真っ赤に染めたまま、狐のお面を揺らして、心からの満面の笑みを蒼太に向けた。
ネットの通知も、誰かの視線もない世界。
ただのかき氷や、お祭りのチープなりんご飴に、世界で一番綺麗なクォーターの少女が、子供のように目を輝かせて笑っている。
その笑顔を独り占めしている事実に、蒼太の胸の奥は、夏の熱気よりも熱く、ドクドクと高鳴り続けていた。