第9話:大輪の花火と、永久保存された聖域

神社の境内の喧騒が、だんだんと遠ざかっていく。
二人は手を繋いだまま、境内の裏手へと続く、少し薄暗い古い石段を上っていた。

繋いだ手のひらは、お互いの体温と緊張のせいで、少し汗ばんでじっとりとしている。けれど、どちらからもその手を離そうとはしなかった。マシュマロのように柔らかい怜奈の手の感触が、一歩踏みしめるたびに、蒼太の脳裏へとダイレクトに焼き付いていく。
石段を上りきると、そこは小さな高台になっていた。
眼下には、屋台の白熱灯や提灯の明かりが、まるで夜の底に沈む蛍の光のように小さく揺れている。その奥には、スマホの電波を一本も届けてくれない、真っ暗で広大な田舎の夜が広がっていた。

都会のようなネオンの海はどこにもない。
あるのは、圧倒的な夜の静寂。そして、見上げれば降ってきそうなほどの満天の星空だけだ。

「……すごいですわ。まるで行き止まりの世界に、二人きりになってしまったみたい」

怜奈は浴衣の裾を小さく整えながら、草の上にそっと腰を下ろした。
いつもなら周囲を拒絶するためにかけている伊達メガネを外し、膝を抱えるようにして夜空を見上げる。頭の横にちょこんと掛けられた狐のお面が、月光を浴びて妖しく白く光っていた。

その時だった。
――シュルシュルシュル……と、夜空の静寂を火薬の細い音が引き裂いた。

「あ」

蒼太が声を上げるのと、同時に。
ドンッ!!!!
真っ暗な夜空の真ん中に、息を呑むほど巨大な大輪の「大玉」が咲き誇った。

鮮烈な黄金色の光が、一瞬にして世界を昼間のように照らし出す。
周囲の草むらも、遠くの積乱雲の不気味な輪郭も、そして――目の前に座る怜奈の姿も。

「わあ……っ!」

怜奈が歓声を上げ、そのアクアの瞳をきらきらと輝かせた。
けれど、蒼太は夜空を見上げることができなかった。花火の光が明滅するたびに、様々な色に塗り替えられる怜奈の姿から、どうしても目が離せなかったからだ。赤色の光が彼女の白い頬を染め、緑色の光がアップにまとめられた白金髪の、その真っ白なうなじのラインを艶っぽく浮かび上がらせ、最後に弾けた純白の閃光が、りんご飴のシロップで真っ赤に染まった彼女の薄い唇を真っ直ぐに映し出す。

景色と、ヒロインが、完全にシンクロして世界を共有している。
この世のすべてを肯定するようなまばゆい光の中で、怜奈はゆっくりと顔を巡らせ、蒼太の方を向いた。

大玉の金色のしだれ柳が、火花を散らしながらゆっくりと時間をかけて夜空を流れ落ちていく。
そのかすかな残光の中で、二人の視線が正面から重なった。
怜奈は、膝を抱えていた手を伸ばすと、蒼太の手をきゅっと強く握りしめた。その指先が、小さく、かすかに震えている。

「……明日、東京に帰るのですわね」

消え入りそうな声だった。用水路を流れる水の音や、遠くのカエルの大合唱に、今にも掻き消されてしまいそうなほど小さな、等身大の11歳の本音。

「東京に戻ったら、わたくし、また『誰も喋りかけられない完璧な白鷺さん』に戻らなくてはなりませんわ。みんな、わたくしのハーフの見た目や言葉遣いばかりを見て、本当のわたくしなんて誰も見ようとしない……。インターネットを開けば、また冷たい言葉のノイズばかりが溢れてくる。世界が、また狭くて息苦しい場所に巻き戻ってしまいますの」

怜奈のガラス細工のようなアクアの瞳から、ポロリと大粒の涙が一滴だけこぼれ、花火の残光を反射して美しく輝いた。いつもならブラウスの袖口を握りしめて耐える彼女が、今は涙を隠そうともせず、ただ蒼太の手を壊れそうなほど強く握りしめている。

「嫌ですわ……。東京に、帰りたくありませんことよ……」

都会のノイズ、周りの勝手なイメージ、自分を守るための仮面。
それらをすべて脱ぎ捨てた、この電波の届かない田舎で過ごした時間こそが、彼女にとって唯一の「息ができる聖域」だったのだ。

蒼太は、握り返す手に、ぎゅっと力を込めた。

「学校に戻っても、俺たちのスマホは、この夏の写真をちゃんと覚えてるよ」

蒼太は真っ直ぐに、怜奈の潤んだ瞳を見つめた。

「電波のあるなしとか関係ない。周りの奴らが怜奈のことをなんて言おうと、俺は、ここにいる、りんご飴を上手に食べられなくて、金魚が掬えなくて、こんなにも温かい、本当の『怜奈』を、もう知ってるから」

お嬢様の盾を完全に肯定し、その裏側にある孤独を優しく包み込む言葉。
怜奈はハッと目を見開いたあと、こぼれ落ちる涙をそのままに、最高に幸せそうな、甘いはちみつさながらの微笑みを浮かべた。

「……うん。約束、だよ。蒼太」

最後の特大の連発花火が、夜空のすべてを埋め尽くすように、世界を真っ白に染め上げていく。
凄まじい爆音と光の洪水の中で、二人の距離は、この夜の闇よりも深く、そして二度と離れることのない一本のレールへと、完全に結ばれたのだった。

スマホは圏外。二人の胸の中にだけ、11歳の夏の思い出が、一生消えない鮮烈なデータとして永久保存された。