第6話:残響と群青――誰もいない特等席、二人だけの花火

「――ねえ、駆くん。こっちに、誰もいない場所があるよ」
境内を少し離れ、神社の裏手へと続く、古い石段を上りながら凛が言った。
繋いだ手のひらは、お互いの体温で少し汗ばんでいる。けれど、どちらからもその手を離そうとはしなかった。

石段を上りきると、そこは小さな高台になっていた。
地元の人間すら滅多に来ない、草の生い茂る古い見晴らし台。眼下には、提灯の明かりがまるで蛍の光のように小さく揺れる神社の境内と、その奥に広がる真っ暗な田舎の街並みが一望できた。

都会のようなネオンの海はない。
遮るもののない圧倒的な夜空には、今にもこぼれ落ちそうなほどの満天の星々が、静かにまたたいている。

「すごい……本当に、世界に二人きりみたいだね」
凛が浴衣の裾を小さく整えながら、草の上にそっと腰を下ろした。

その時だった。

――シュルシュルシュル……と、夜空の静寂を切り裂くような、細い音が響いた。

「あ」
駆が声を上げるのと、同時に。

ドンッ!!!!

お腹の底を直接揺さぶるような、重い、遅れて届いた残響とともに、真っ暗な夜空に巨大な大輪の「大玉」が咲き誇った。

鮮烈な黄金色の光が、一瞬にして世界を昼間のように照らし出す。
高台の草むらも、遠くの積乱雲の輪郭も、そして――目の前に座る凛の姿も。

「わあ……っ!」
凛が歓声を上げ、その瞳を輝かせた。

光が消え、再び訪れる暗闇。そしてまた次の花火が、今度は鮮やかな群青色と鮮紅色の光で夜空を染め上げる。

駆は、夜空を見上げることができなかった。
花火の光が明滅するたびに、様々な色に塗り替えられる凛の横顔から、どうしても目が離せなかった。

赤色の光が彼女の白い頬を染め、緑色の光がアップにまとめられた髪のうなじを浮かび上がらせ、最後に弾けた純白の光が、彼女の潤んだ瞳を真っ直ぐに映し出す。

「……綺麗だね、駆くん」
凛が、花火を見つめたまま、静かに微笑んだ。

「うん……本当に、綺麗だ」
駆が答えた「綺麗」の意味が、夜空の花火ではなく、隣の彼女に向けられたものであることに、凛は気づいたのだろう。

凛はゆっくりと顔を巡らせ、駆の方を向いた。
次の瞬間、大玉の金色のしだれ柳が、ゆっくりと時間をかけて夜空を流れ落ちていく。
その淡く、優しい光の中で、二人の視線が正面から重なった。

凛は、繋いだままの駆の右手を、さらにぎゅっと強く握りしめた。

「……学校に戻ったら、また『誰も喋りかけられない水瀬さん』に戻らなきゃいけないのかな」

消え入りそうな声だった。
都会のノイズ、周りの勝手なイメージ、自分を守るための仮面。それらをすべて脱ぎ捨てた「本当の私」を、もっと見ていてほしい――そんな切ない願いが、その瞳に揺れていた。

駆は、左手を伸ばし、凛の麦わら帽子が置かれた草の上にそっと手を置いた。

「学校に戻っても、俺たちのスマホは、この夏の写真をちゃんと覚えてるよ」
駆は、真っ直ぐに凛を見つめて言った。
「電波が繋がろうが、周りに誰がいようが関係ない。俺は、ここにいる凛を、もう知ってるから」

凛の瞳から、ポロリと大粒の涙が一滴だけこぼれ、花火の光を反射してキラリと輝いた。
けれど、その表情は、今までに見た誰に対するものよりも、最高に幸せそうな、甘い微笑みだった。

「……うん。約束、だよ」

最後の特大の連発花火が、世界を真っ白に染め上げる。
凄まじい爆音の中で、二人の距離は、あと数センチメートルで唇が触れ合うほどの距離にまで、静かに近づいていた。