お盆が近づくにつれ、夏の太陽はその暴虐なまでの光の強さを増していった。
午前中のまばゆい日差しの中、蒼太と怜奈は、集落の奥にある休耕田へと足を運んでいた。
そこには、大人の背丈すら軽く超えるほどの巨大な向日葵が、数え切れないほどひしめき合って咲き誇る、臨時の向日葵畑が広がっていた。
「……すごいですわね、蒼太くん。まるで、黄色い壁の迷路のようですわ」
怜奈が向日葵の葉をかき分けながら、感嘆の声を漏らす。
今日の彼女の私服は、都会のノイズをすべて洗い流したかのような、真っ白なコットンのノースリーブワンピースだった。頭には、おばあちゃんから借りたという、少し大きめの麦わら帽子をちょこんと乗せている。
学校でのあの、完璧に着こなされた制服のイメージはもう完全に崩壊していた。
ワンピースの裾からスラリと伸びる、健康的な白い生足。ノースリーブの袖口から覗く華奢な肩。11歳という、子供と大人の境界線にいる彼女のビジュアルは、夏の原色の景色の中で、息を呑むほどに眩しかった。
「本当に、向日葵が太陽の方向を向いているのですわね。なんだか、一斉にこちらを見られているようで、少し気恥ずかしいですわ」
怜奈はそう言って、人差し指で伊達メガネのブリッジをクイと上げた。
学校での彼女は周囲を拒絶するためにメガネをかけていたが、今のそれは、ただの照れ隠しのクセのようになっていた。
「ねえ、怜奈。ちょっとそこで止まって」
「え? なんですの?」
蒼太はポケットから、電波の死んでいるスマホを取り出し、カメラを起動した。
「せっかくワンピース着てるんだし、写真撮ってあげるよ。この前の夕立のやつ、お母さんに見せたら、もっと綺麗なところで撮りなさいって怒られたんだ」
「そ、そんなことがありましたのね、少し恥ずかしいですが……。……でも、まぁ、蒼太くんがそこまで言うのでしたら、撮られてあげてもよくてよ?」
怜奈はツンとすましてみせたが、麦わら帽子のツバを両手でぎゅっと握りしめて、胸元に寄せるようにして身を固くした。完全に緊張している。
「いくよ。スリー、ツー、ワン――」
その瞬間、あぜ道を強い南風が吹き抜けた。
ざわざわ、と無数の向日葵の大きな葉が一斉に擦れ合う音が響く。
同時に、怜奈の麦わら帽子が風に煽られて、後ろへ飛びそうになった。
「ひゃっ……! 飛びますわ……!」
怜奈は慌てて、両手で帽子のツバを頭にぐっと押し付けた。
風によって、彼女の美しい白金の髪がふわりと空に舞い上がり、白いワンピースの裾が、ひまわりの黄色い海の中でひらひらと波打つ。
カシャ、と電子音が鳴り響いた。
画面に収まったのは、狙って撮れるはずのない、奇跡のような一瞬だった。
突き抜けるような夏の青空、網膜を焼き尽くす向日葵の黄色。その中心で、帽子を押さえながら、恥ずかしそうに、でも心から楽しそうにはにかむ、白鷺怜奈の等身大の笑顔。日差しによる天然のノスタルジックなフィルターが、そのカットを、まるで何年も前の思い出の一枚のように美しく演出していた。
「……ど、どのようなお写真になりましたの? 変な顔になっていませんこと?」
怜奈がワンピースの裾を気にしながら、小走りで蒼太の元へと駆け寄ってくる。
アスファルトの熱気と、走ってきた怜奈の体温、そして髪から漂う淡いシトラスの香りが、一気に蒼太のパーソナルスペースへと侵入してきた。
「ほら、これ。めちゃくちゃ良いと思うけど」
スマホの画面を見せると、怜奈はアクアの瞳をパチパチと瞬かせた。
「……っ。これ、本当にわたくし、ですか? なんだか、別の人間みたいですわ……」
画面を見つめたまま、怜奈の耳の付け根が、向日葵の黄色に負けないくらい鮮やかな赤に染まっていく。
学校での「お嬢様」でもない、ネットの中の誰かでもない。ただの11歳の女の子として、夏の光の中で笑っている自分が、そこには確かに写っていた。
「……蒼太くん」
「ん?」
「このお写真……東京に帰っても、消さないでくださいね。電波がなくても、わたくしたちがここで一緒にいた証拠、ですから」
怜奈はそう言うと、麦わら帽子のツバを少し深く被り直して、顔を隠すように歩き出した。
でも、その足取りは、学校の廊下を歩く時よりも、ずっと軽やかで弾んでいた。